調布音楽祭リサイタル用プログラムノート

■ アルカン:練習曲「鉄道」作品27

 シャルル=ヴァランタン・アルカン(1813-1888)はパリに生きたユダヤ人。ショパンやリストとの親交も深く、彼らと同じくピアノを中心とした作曲活動を行いました。後半生における隠遁生活などが影響して一時は忘れられた作曲家となっていましたが、ロマン派の枠にとどまらない独自の音楽世界に魅せられる人々は後を絶たず、現在ではインターネットを通した認知も広がってリバイバルのさなかにある作曲家です。
 蒸気機関車の描写がテーマとなっているこの練習曲「鉄道」は、アルカンの音楽の代名詞のひとつのように語られることもある曲です。猛烈な速度や絵画的な表現の追求は、実際はアルカンの音楽のほんの一側面に過ぎませんが、聴き手に強い印象を残すことも確かです。フランスで鉄道路線が開業したのは1832年だそうですから、アルカンにとってはまさに最先端技術といえる存在だったのでしょう。鋼鉄のぶつかる音、鳴らされる汽笛、車窓からの風景、そして最後に駅に停車するシーンまでが鮮やかに表現されています。

■ モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番 ニ短調 KV 466(アルカンによるピアノ独奏版)

 モーツァルトのピアノ協奏曲は27番までありますが、そのうち短調のものは2曲だけ。いずれも名曲中の名曲として親しまれていますが、この第20番がその1曲目にあたります。モーツァルトの短調の曲は数が少ないだけに、彼の普段は隠している面が垣間見えて魅力的です。
 アルカンもこの曲に魅せられたのでしょう、ピアノ1台でオーケストラも含めすべてを演奏できるように(!)編曲をしてしまいました。ちなみに彼はベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番の第1楽章も同じく独奏用に編曲しており、自身の作品としても同じコンセプトによる独奏のための「協奏曲」を作曲してもいます。
 アルカンの編曲した譜面には、現在伝えられている原曲の譜面と異なる部分がいくつかあります。タイトルに「ピアノ協奏曲第8番」と書かれていたり、テンポ標示の違いや繰り返しの省略、そして明白な音の誤りなども。大部分は編曲の際に参照した楽譜に由来するものと思われますが、アルカンが意図的に変更した部分もあるのかもしれません。

第1楽章
 裏打ちのリズムを特徴とする暗い情熱のほとばしる主題と、悲しみをたたえたピアノの入りが印象的です。カデンツァ(ソリストが即興的に演奏して構わない箇所)は、一般的にはベートーヴェンが書いたものが有名でよく演奏されますが、この編曲版にはアルカンのオリジナルのものが付けられています。オーケストラもピアノで表現するという編曲のコンセプトをうまく活かし、モーツァルトの「ジュピター」交響曲を引用するなど、モーツァルトへの敬意と遊び心に満ちたものとなっています。

第2楽章
 映画『アマデウス』のエンディングで用いられたことでも有名な、甘く夢見るようなロマンス。しかし中間部では苦悩が渦巻きます。

第3楽章
 短調の激しさを残しつつも軽快なロンド。長調になった終盤ではモーツァルトらしい溌剌とした明るさがはじけます。この第3楽章にもカデンツァ部分があり、アルカンはその中で第1, 2楽章を回想してみせることでクライマックスをいっそう盛り上げています。楽章間でモチーフに関連性があることを見出したアルカンが、カデンツァでそれを補強してみせた形でしょう。アルカン編の譜面のテンポ標示は「プレスティッシモ」ですが、原曲は「アレグロ・アッサイ」。ただ、実演では一般的に「プレスティッシモ」の方がしっくりくるテンポで演奏されているようにも思われます。

■ 伊福部昭:ピアノ組曲
『ゴジラ』の音楽などで有名な伊福部昭は、まぎれもなく日本を代表する作曲家のひとり。2014年は彼の生誕100年にあたり、記念演奏会なども複数行われています。北海道に生まれ、ほぼ独学で作曲を学んだ伊福部は、21歳当時に林務官として働きながら書き上げた大オーケストラのための作品、『日本狂詩曲』でパリの作曲賞を受賞。世界の度肝を抜くことになります。この受賞にはこんなエピソードが残っています。国内の応募作が東京で取りまとめられた際、「国辱ものだからこれは送らずにおこう」といった意見が出て、あやうく応募から外されるところだったというのです。西洋音楽の伝統から逸脱した大胆な書法と民族色の強い旋律が当時の中央楽壇の人々の目には「恥ずかしいもの」としか映らなかったようで、伊福部の作品に対するそうした蔑視は後々まで消えることはありませんでした。しかし伊福部自身は強い信念を持って、そのスタイルを終生貫き通しました。
 映画音楽の作曲家というイメージが強い伊福部ですが、大著にして名著である『管絃楽法』の出版や大学での後進の指導など、日本の作曲界に果たした役割は非常に大きなもの。論理を突き詰めた思考を土台に、土俗的な音楽にこそ真の普遍を目指す道があると説いた彼の姿勢は、稀有にして気高いものでした。
 この『ピアノ組曲』は、『日本狂詩曲』よりも前、伊福部19歳の頃にスペイン人ピアニストのために書かれたもので、日本の祭りの音楽を西洋の伝統的な舞曲組曲の形式にまとめようという明解なコンセプトを持っています。

「盆踊(ぼんおどり)」
 盆踊りには東京音頭のような3つ刻みをベースにした軽めのリズムと2つ刻みのどっしりしたリズムとがありますが、これは北方風らしく後者。笛と太鼓、踊る群衆が見えてきそうです。

「七夕(たなばた)」
 夜空に思いを馳せるような、静かな音楽。星のきらめきを表すような装飾も瞑想的です。

「演伶(ながし)」
 新内節をイメージした、流しの芸人の音楽。三味線と唄の2人組で滑稽風の物語を演じますが、そんな中に旅芸人の悲哀がこめられてもいます。

「佞武多(ねぶた)」
 青森の有名なねぶた祭りの音楽。並んで打ち鳴らされる太鼓、巨大な山車の行列が迫力を持って描かれ、執拗な繰り返しの中でどこまでも盛り上がっていきます。

■ 田中公平=ピアニート:ガンバスター幻想曲
 田中公平は東京藝術大学作曲科を卒業、ビクターで社員として広報を担当した後にジャズを学ぶため米バークリー音楽学院に留学、そして帰国後は現在に至るまでアニメ音楽を中心に第一線で活躍する、押しも押されもせぬ劇伴界の大作曲家です。数多くの有名作品に関わっていますが、中でもゲーム『サクラ大戦』シリーズやアニメ『ONE PIECE』の主題歌・劇伴などは、まさに世界中で親しまれています。
 この「ガンバスター幻想曲」は、そんな田中が初期に手がけた作品のひとつ、『トップをねらえ!』(GUNBUSTER)の劇中音楽を、ピアニートがピアノのための幻想曲としてまとめたもの。メドレー風でありつつもソナタ形式を念頭に置いて構成されており、全体として作品の物語内容と精神性を体現することが意図されています。
 『トップをねらえ!』は1988年、全6話のビデオ作品としてリリースされたアニメ。『新世紀エヴァンゲリオン』の監督である庵野秀明の初監督作品でもあります。スポ根アニメなどのパロディとして始まりながらも実は骨太の科学考証と設定を持ったSF作品で、終盤に行くにしたがって類を見ない壮大なスケールになっていく物語は圧巻の一言。SFロボット物としてはもちろん、アニメ史全体の中でも記念碑的な作品です。時の流れに取り残されながら人類すべての未来を背負って戦う少女、という極端なモチーフには、どんなオペラにも描けなかったひとつの神格が確かに宿っています。

■ 鷺巣詩郎:Quatre Mains(『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』より)
 鷺巣詩郎は日本、ヨーロッパなどでポップス系歌手への楽曲提供や編曲、映画・テレビ等の映像音楽を精力的に行ってきた作曲家。今年終了した「笑っていいとも」の音楽なども手がけていました。その中でもよく知られているのが、社会現象となったアニメ『新世紀エヴァンゲリオン』の劇伴でしょう。
 フランス語で「四手」を意味するこの「Quatre Mains」は、新劇場版シリーズとなった『ヱヴァンゲリヲン』第3作の劇中で主要キャラクターが連弾してみせる曲。予告編第1弾でも効果的に用いられました。勇ましい雰囲気ながら、不思議な爽やかさのある音楽です。今回は特別に「生き別れの兄弟専用」連弾バージョンとして編曲版をお送りいたします。

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